誕生日(その2)
マサミがクルーザーを買った。彼は一貫堂六本木道場の会員である。
彼にとって、海に出るということは人生の大きな目標であり、船で日本全国の漁港を巡ると、うわごとのように言い続けてきた。
その第一歩である、進水式が8月25日に挙行されるという。24日にホテルに一泊、翌日は朝から船に乗り込むことになる。ぜひにという招待を受けた。
愚妻は最近すこぶるご機嫌ななめ。8月10,11日の土曜、日曜も稽古会で潰れてしまった。来週の31日、1日の土曜、日曜は杖道の合宿で福島に行く予定になっている。
9月14、15日は日本武道館、9月28,29日は下関より岩目地先生を含めて4人の師範が上京され稽古会及び講習会。
おそるおそる話を切りだした。ところが予想に反して、極めて機嫌良く。
「いいじゃない。行って来たら」
「来週の福島の合宿知っているよね」
「うん、しってるよ。マサミさんも船を買って嬉しいんだと思うよ。いってらっしゃい」 気が抜けた。どういうふうに説得するかいろいろ考えていたのが馬鹿らしく思えた。
愚妻は俺の気持ちを解ってくれているんだと嬉しくなった。
実にとんでもない落とし穴が隠されているとは、この時点では思いも寄らなかった。
23日朝、愚妻から自分は職場の歓送迎会で遅くなる。用意をしておくので、二男と一緒に食事をするように言われた。明日の事もあるので、愚妻の機嫌をそこねないよう、仕事を早く切り上げ、二男とテーブルに着いたとき彼が突然言い出した。
「お父さん、25日は何の日か知っているよね?」
「???・・・」
「お母さんの誕生日だよ!」
その瞬間すべてが、了解できた。
その日、愚妻はP.M.11時過ぎに帰ってきた。私は待ちかまえていたかのように切り出した。
「誕生日のプレゼント何がいい! タツヤといろいろ考えたが、なかなか思いつかなくて、お母さんの希望を聞いてみることになったんだ」
「あ、そう 。ふーん・・・おぼえてたの?」
肩越しに、斜に睨み付けながら不振そうに言った。
私の魂魄は、心底恐怖に震えた。
25日はクルージングは早めに切り上げ、誕生祝いのケーキを買って帰ることにより、なんとか窮地を切り抜けることが出来た。
心より感謝する。『ありがとう! タツヤ』
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