エッセイ<随筆>




 悲しい現実(地球と人類) 

 この表題はアル・ゴア氏に敬意を表して付けました。


<H今、日本の森林は?>
 
 現在の我が国の森林はどのような状態にあるのだろうか? それは、林業やその他の経済活動と切り離すことは出来ない。いや、経済活動が森林を大きく変貌させたのである。

 日本の国土は現在、64%の森林で覆われている。この割合は50年前、小学校で習った時の被覆率と同じである。(現在の被覆率は67%から74%という諸説がある)ようは、道路建設、宅地造成、都市の発展に伴う土木工事によって、国土から緑が失われていった気がするが、ところがそんなことは全然無く、むしろ森林は増加傾向にあるといえよう。
 このことは、森林蓄積量を見るとさらに明らかになる。森林蓄積量とは立木の幹の部分の体積である。
 1966年に1887百万立方メートルだった蓄積量が、2005年には4011百万立方メートルに倍増している。これまた、私の感覚とは大いなる隔たりがある。数字的に見れば森林が豊かになったと言える。しかし、その増加した森が、別の意味の危機を迎えていることも事実である。

 もう少し統計を見てみよう。人工造林、つまり苗木を植えたり、種を蒔いたりして人工林をつくることの推移はどうだろう。
 1954年が最高の432,681ha,1960年が404,470ha,ところが、2003年になると28,900ha,と十五分の一にまで落ち込んでいる。ここまで落ち込むと、植林など止めてしまったのかと思うほどである
 私が小学生の頃は、植林運動の真っ最中であった。植林が如何に大切かということを、先生に何度も教わった。募金活動も大々的に行われ、緑の羽根を胸元に刺して喜々としていた。また、植樹記念の切手も発行された。その理由は「国土を緑」にという運動と、不足していた建築資材の確保のためであった。林野庁だけではなく民間が積極的にこの運動に参加した。そして、植樹された木のほとんどが針葉樹のスギ、ヒノキとカラマツであった。 
 なぜなら、当時は逼迫していた木材需要の大部分が建材であった為、成長が早く経済価値の高い、建材向きの樹木が選ばれたからである。薪炭用に使われていた広葉樹は、石炭石油、ガスなどの化石燃料の普及によってその経済価値を無くしていった。よって植林はほとんど行われなかったが、最近になって、防水林、防風林、土壌流出を防ぐための植樹が行われるようになり、改めて広葉樹林が見直されている。

 現在、天然林と人工林の比率はほぼ同等である。天然林の75%が広葉樹であり、人工林の90%以上が針葉樹であることが、戦後の植林奨励策の結果であることを物語っている。
 なお厳密に言えば、日本の森林は何らかのかたちで人工林ともいえる。つまり、人間の手が入っているのだ。完全な原始の森は白神山系や富士樹海などのごく狭い範囲に限られている。

 1960年頃から始まった高度成長経済は、日本の森林にも大きな影響を与えることになった。
 1960年当時の木材自給率は86%であった。それが1975年には36%、2004年には19%にまで落ち込んだ。食糧の自給率40%を遙かに下回る数字である。
 なぜここまで落ち込んだのだろう。理由は明確である。林業が国際競争力を失ったからである。増大した国民所得、円高による貨幣価値の上昇により、海外から安い用材の輸入が急増した。
 最初に急増した輸入木材はマレーシア、インドネシアのいわゆる南洋材であった。熱帯雨林が次々に伐採されていった。当初は乱開発が甚だしかったと聞く。国際伐採業者が跋扈して熱帯雨林が消えていったのだ。それで、東南アジアの現地はどうだったのだろうか。 けっこう現地では歓迎されている。目立った産業もない貧困地帯では、木材が生み出す富は民衆を豊かにした。また、切り開いた跡地は農業用地として利用もされた。
 しかし、伐採され尽くす悲惨な現状に、さすがに各国政府も重い腰を上げた。当初は伐採を歓迎していた政府も、伐採地に植林を行うことを条件とするようになった。よって、現在では東南アジアの伐採は植林と一緒に行うことになっているようだ。それを不満に思う、悪質な森林伐採業者はアフリカ、ブラジルに手を延ばし始めている。そういった業者に対してはITTO(国際熱帯木材機関、本部=横浜)が、持続的管理管理が行われている森林から生産された木材のみを貿易の対象とするという方向を打ち出している。

 2004年の日本の主たる産地別木材供給量は以下になる。
 米材(アメリカ、カナダ)19.8%、南洋材12.5%、オーストラリア材10%、北洋材(ロシア)9.4%、が主な供給先であり、そして国産材は19%である。
 最近は南洋材が減少し、米材や北洋材が増加してきている。また、用途別に一次加工された木材の輸入が増加し、丸太の輸入は減少している。

 さて、日本の森林資源はどうなのだろうか。戦後の1950年代から1960年代にかけての大植林運動によって植えられた木が生長して、いまや切り頃にまで育った。針葉樹の伐採年齢は40年経過以後であるらしい。
 大部分の日本の本来の植生は、照葉樹林と落葉広葉樹林である。針葉樹林は北海道の一部と本州の高知に自生するのみである。落葉広葉樹林は、アイヌの人達が暮らしてきた北海道、東北の自生林である。ブナ、ミズナラ、カエデ、トチノキであり、その生育地域を「ブナクラス域」と名付けている。このブナクラス域は、北海道南西部、東北地方一帯、鈴鹿山脈、紀伊山地、中国山地、四国の山地、九州山地と全国に広がっている。それ以外は照葉樹林と考えてよい。
 人間の活動が、土地本来の自然生態系を侵さない程度であった時代には、このブナクラス域は落葉広葉樹で全域が覆われていた。ところが、戦後の針葉樹の拡大造林により、この地域は経済価値の見込める針葉樹の森となってしまった。
 本来、その地域になかった客員樹種のスギ、ヒノキ、カラマツが、それらの地域に単種造林された。
 本来の自生地から遠く離れた地域で、客員樹種を単種造林された場合は、長期にわたって間伐、枝打ち、下草刈りなどの定期的な管理を行わないと森が崩壊し、樹木の経済価値を失ってしまう。
 ところが、前述したように1975年頃から、日本の林業は安い外材に対して、競争力を失い、林業は経済単位として成立するのが難しくなった。林野庁も予定が狂っただろうが、民間の業者はさらに困ったことになり、四十年後、五十年後の伐採を夢見て先行投資をした民間業者は裏切られた思いだろう。では、経済価値を失った客員樹種の単種造林の森をだれが管理するのだろうか?

 農林水産省の林業者に対する調査によると(複数回答)、「森林の手入れがなされていない原因」という設問に対し、一位、木材の価格が安く採算に合わないため(82%)、二位、下草刈りや間伐の費用負担が出来ない(41%)、三位、国や自治体の支援が不十分(28%)となっている。まさに、この通りであろう。
 2005年現在、林業従事者は6万人である。全国漁業協同組合連合会の職員が私に言ったことがある「漁業従事者は農業従事者と違って人口が少なく、政府の援助は廻ってこない」しかし、その漁民は23万人いるのである。林業は漁業に遙かに及ばない。
農業従事者は253万人であり、一票の重さから言えば、都市住民の3から4倍の力を持っている。そうである、選挙の票に結びつくのだ。政治に対する圧力もそれに比例することになる。
 日本国の森林崩壊に対する特効薬はない。選挙の票田を増やすことは無理である。よって、農作物のように輸入制限や特別関税などは期待薄。また、林業がすぐに国際競争力を持つことは考えられない。例えば家を建てる場合、輸入材を使って坪単価50万円とする、国産材を使って坪単価70万円で建てることが、一般化するとは思えない。

 今日、戦後植林した針葉樹が別の問題を引き起こしている。
 広葉樹は被子植物であり、大きめの花をもち昆虫を誘って受粉する。一方の針葉樹は裸子植物であり風媒花を主とする。つまり、受粉は風によっておこなわれ、雄花から大量の黄色い花粉が飛ぶ。
 さらに、単種造林された針葉樹林は60年以上たつと過熟林になる傾向がある。過熟林とは、樹齢が高くなりすぎて林床に後継樹が出来なくなった樹林のことである。植物は弱まると本能的に後継樹を増やそうと、たくさんの花を咲かせ花粉を出す。スギ、ヒノキ、カラマツなどの花粉が大量に飛散して、ここ十数年前から春先、深刻な健康被害を受けている人が増えている。
 深刻な健康被害、これはまさに公害とは言えまいか。公害対策費用の一部を、森の管理、再生へ廻すことも考えて貰いたいものだ。これもまた、税金というかたちで各個人が負担することになる。

 余談を一つ。
今から三十年前ぐらいになろうか、確か月刊誌だったと思う。日本の大金持ちという特集記事を読んだ。その時、日本一の資産家は和歌山県の北村家で総資産11兆円だったと記憶している。
 北村家は、吉野地方を含む山林大地主である。税務署が課税対象として調べるのに、地図はむろん高い山に登り「あそこの山からあそこの山まで、そちらの山からあそこの山まで……」という案配だったという。北村家が所有する山林の木材本数を推測し、その価値を試算したものが11兆円であった。
 北村家は林業を経営している。生活は質素で先祖から受け継いだ山によって生計を立てている林業家である。林業会社を経営して、伐採と植林と樹木の管理を行い、最近流行の「持続可能な開発」を体現していた。べつにその時始めたのではなく、先祖からそうしていたのだ。三十年まえというと、ちょうど日本の林業が国際競争力を失い凋落し始めた頃である。北村家の今日はどのようになっているのだろうか。

 以上、日本の森林の現状を大まかに述べた。戦後の森林の変貌の原因は、明らかに経済活動により影響を受けた。というか、決定された。そして、巨人である日本経済の影響は、海外の森林にも大きな影響を与えている。





                        
 
 

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