ガンジス河のほとり

「維摩詰(ユイマキツ)外伝」


第一部 古代オリエント世界






   第四章 救済の劫火<5>

   
 ユイマが部屋を出てどの位時間が経ったのか解らない。長くも、短くも感ずる。感性の解放が、アリウスの時間の感覚に揺らぎを生じさせたのだろうか。
 雨が戸を叩きつける。燭台の炎が揺れる。アリウスは寝台から立ち上がり、部屋の中を歩き出した。俯きかげんに胸の前で腕を組んでいる。片手で顎を撫でだした。焦点の合わない眼を足元に置き、思い詰めた顔で考えながらあるいている。
 やっと、踏ん切りが着いたのか、カッと眼を見開くと、強い意志を込めた瞳に小さな炎が燃えだした。
 アリウスは、自らの決断を抑えるように、ゆるりとした歩みを部屋の外に向け、廊下へ出た。
 二階はひっそりしていた。人の気配を感じない。ヤクシーがアリウス邸を去り、保たれていた均衡が崩れたとでも云うのだろうか。いや、そうではない。そんな、たわいのないことなら簡単なことだ。アリウスは、自らの感性の解放が滅びに至る道筋ではないかとの、予感に囚われだしたのだ。
 海の民の末裔、最後の一人。自分で最後になろうと決断したアリウスに、滅び以外の何があると云うのだろうか。青白く光りを放つ剣に、胸を刺し貫かれ、紅い血飛沫をまき散らす宿命か・・・・・。
 アリウスは階段をに足を掛けた。下へ下へと降りていく、白いドレーパリーが風に揺れ、奈落の底にゆらりと落ちていく。

 アリウスの瞳が、玄関の外に身を置き、暗い庭を不安そうに見つめるユイマの後ろ姿を捕らえた。
「アリウス様は、一体どうなってしまわれたんだ! 何処を探してもサティーはいない。
この家に何が起こったんだ。僕は、僕はどうなるんだ・・・・・」
 ユイマが、暗い庭に向かって独り言を呟いた。その言葉が、アリウスの耳に入ったことをユイマは気づいていない。アリウスは、ユイマの背後に忍び寄り、陶然と彼の姿態を見つめていた。
 何かに取り憑かれたたように、ユイマの背を見つめていたアリウスは、ふと視線を庭に移した。玄関の両脇で燃えている、大きな燭台の光も遠くには届かない。底の無い暗闇が拡がっている。光は雨にはじかれ、キラキラ近くで輝いているばかりだ。
「ユイマ」
 呼びかけた、アリウスの声は、奈落の底から湧き出たよう響いた。
「えッ!」
 ユイマが叫んだ。そして振り返った彼は、狂気に犯されたアリウスを見た。ユイマの眼と口が開いたままになった。
「ユイマ、サティーは行ってしまったのかもしれない。我々も行こうか・・・・・」
 ユイマの表情が、凍り付いたように微動だにしない。ユイマの驚愕の顔は、アリウスの心の深淵に浸みこむ。アリウスの胸は、張り裂けそうな愛おしさで悲鳴をあげている。
「ど、何処へですか・・・・・」
 ユイマの言葉が終わるのを待たずに、アリウスは、ユイマの片腕を掴むと、もう一方の手で髪を鷲掴みにし引き寄せると、荒々しく口づけをした。ユイマの歯がガチガチ震えているのに構わず、アリウスは舌を差込み、吸い続ける。
 暫く、その行為を続けていたアリウスは、手の力を弛めた。
「わァーッ!」
叫びをあげると、ユイマが雨の激しくなった庭に飛び出した。アリウスは慌てない、その行動を予期していたかのごとく、淫らな眼つきで雨の中に踏み込んでいった。
 芝生は水を含んで足元を掬う。ユイマは走ろうとしているのだろうが、足がすくんでいるらしく、何度もよろめき倒れる。
「ひィーッ!」
 アリウスはすぐにユイマを捕まえると、芝生の上へ押し倒した。馬乗りになり、両手首を頭上で押さえ付け、足掻くユイマの顔を見ている。
「止めて!・・・・・アリウス様・・・・・」
 悶え、泣き叫ぶようなユイマの行動は、アリウスの嗜虐性に火を着けるばかりだ。
「行こう、我々も行こう・・・・・」
 アリウスは、欲動に身を任せている。自らの感性を解き放ったのだ。もはや行くところまで行かねば、止めることは出来ない。
 理性は遠くへ押しやられた。狂おしいほどアリウスの官能を揺さぶるユイマの姿態。
 今まで意志の力で抑えていただけとでも云うのか、おぞましい嗜虐性がアリウスの心から湧き出て、身体全体を震わせている。 
「足掻け! 喚け!」
 雨を、そして、アリウスの唇を本能的に避けるのか、ユイマの顔が歪みながら、激しく左右に振れる。
 そのユイマの動きは、アリウスの興奮をさらに煽った。

 観念したのか、ユイマの動きが弱々しくなってくる。あるいは恐怖に身体が萎縮してしまったのだろうか、肩を振るわせ苦しそうに息を継ぐ。
 雨の飛沫が二人を叩きつける。ユイマの口に水が入る。その唇にアリウスは覆い被さった。
「うッ・・・・・」
 か細い声が、ユイマの口から漏れた。
 アリウスの長い髪は額にと背に、ドレーパリーは身体に貼り付き、白い身体の線を妖しく顕わにする。
アリウスの細く長い指が、ユイマのグッショリ濡れそぼったドレーパリーを剥ぎに掛かる。下帯を解く。
「いやッ! やめて!」
 ユイマが力無く、芝生の上の首を左右に振り続ける。 
 突然、アリウスはユイマの股間のものを握った。
「あッ、あああ・・・・・!」
 ユイマが、悲鳴を挙げようとのけ反った、声が弱い。
 アリウスも心臓が喉まで上がり呼吸が苦しくなる。
(これだ、私の求めていたのはユイマのこの表情なのだ。奴隷市場の去勢の部屋で、初めてユイマに出会った。その時受けた、心の衝撃は、実はこれだったんだ・・・・・!)
 アリウスはユイマの両足首を掴み、一気に左右に押し拡げると、両膝がユイマの顔の側につくほど身体を折り曲げた。
 白く無防備な股間を雨が容赦なく叩いた。これは現実なのか!
 その時、アリウスの猛々しい意志が、ユイマの身体を無惨に貫いた。
「ひッ!」
 ユイマの口から短い悲鳴が漏れた。股間に激痛が走ったらしく、喉を引き裂かれたような悲鳴だった。
 アリウスも視界が真っ白になり、意識が薄れそうになった。ユイマの無惨に開かれた白
い足の付け根は、アリウスの熱い肉柱によって穿かれ、ユイマの身体の自由は完全に奪われた。手の指先すらも動かすことが出来ないようだ。
 アリウスは、自分の欲望に身をまかし、ユイマを犯し続ける。ユイマの股間に紅い出血を認めると、アリウスはさらに容赦なく貫いた。
 切り裂かれるような痛みが、周期的にユイマを襲い、もがき、のた打ち回る。
 細い身体がのけ反り、芝生に飛沫を上げる。
「くッ・・・・・ああーッ!」
 そのたびに、悲鳴が漏れ、ユイマの細い身体が反り返ろうとする。
 アリウスの嗜虐に狂った瞳が、紅い血を流すかのように燃えている。 
「あああーッ・・・・・ああーッ・・・・・」
 ユイマの悲鳴が、絶えることなく庭の闇の中から這い出るように響いてくる。
 暗い庭の芝生は、玄関の燭台の弱い光に照らされ、蠢く白い二つの姿態を儚げに浮かべている。
 絡み合った、二つの白い裸体は動きを止めない。 
 激しさを増す雨が、白い二つの影を容赦なく叩き続けていった・・・・・。


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