第四章 救済の劫火<21>
多数の燭台の炎が揺らめいている。天井にも壁にも窓はない。石を積み上げた壁は、磨かれておらず、素地のざらついた灰色をしている。天井に渡された梁には、滑車が取り付けられ長い鎖が垂れていた。
木製の長椅子の上に二人は腰をかけた。側の小さな台の上には、口の小さい葡萄酒の壺が置かれていた。
アリウスは虚ろな眼で廻りを見渡した。壁には革製や木製の拘束具らしきものが、数多く掛けられている。鉄輪の打ち付けられた柱が天井まで垂直に延びている。隅の長いテーブルの上には、不思議な器具が並べられ、その上の棚には、壺が数個並んでいた。
部屋の真ん中とおぼしき場所に、巨大な寝台が置かれており、頑丈に木で造られた寝台には、藁も布も敷かれておらず、黒光りする板が張られていた。
アリウスは、すぐに気づいた。寝台とは言い難く、拘束台であることに。
「ここは、少年少女を監禁し、調教する部屋だ」
ラオメドンが、アリウスの耳元に、息を吹きかけるように言った。快感の電流が耳殻を突き抜け、胸を締め付けた。
アリウスの鼓膜に、微かに洩れる少年少女の悲鳴と、すすり泣きが響いてきた。次第に大きく響きわたる気がする。気のせいであろうか、心なしか燭台の炎がなびく。
ラオメドンが棚から小さな壺を取り出して来た。爪を黒く塗った人差し指を、口に含み、濡らすと、彼は指を瓶の中に入れた。引き出された指には、白い粉が付着している。
ニッと、笑うとラオメドンは、指をアリウスの口の中に入れた。粉は唾液と混じり、アリウスの喉を通っていく。
来た! 先ほどと同じだ、アリウスの背筋を電流が天中まで駆け上がり、破裂すると快楽の溶液が細胞を犯しながらゆっくり下降し始めた。
「ヒィーッ」
アリウスの気管が小さく鳴り、上体が大きくのけ反った。首を激しく左右に振る。プラチナブロンドの長い髪がばらつき首に絡み、胸を撫でる。
アリウスは椅子を掴み、突っ張っていた両手をダラリと垂れた。明らかに正気を失い、意識は飛んでいる。
ラオメドンの潤んだ褐色の瞳が、大きく見開かれ狂気に犯されている。
淀んだ部屋全体の空気が妖しげに対流し、燭台の炎を揺らした。
ラオメドンが立ち上がり、椅子からアリウスを抱き上げた。アリウスは身体中の間接に力が入らず、ラオメドンの誘いに乗るのも容易ではない。何とか足を踏ん張り、身体が崩れるのに逆らう。
ラオメドンに、きつく抱き締められたままの姿勢で、アリウスは誘導されて拘束台の側まで連れて行かれた。ラオメドンの手が、ドレーパリーに覆われていない左肩を掴んだ。痙攣するように爪が立ち、白蝋のようなアリウスの白い肌を傷つける。プツ、プツと血が点になって浮かんでくる。
アリウスは、寝台に崩れるように、仰向けに横たわった。鏡のように黒く磨き込まれた拘束台の冷たさが、肩肌の熱を冷ます。
ラオメドンは荒々しくアリウスの腕を掴んだ。アリウスは両手を拡げられ、手首を革帯できつく縛められた。
「ああッ」
アリウスの白い喉がかすかに震え、吐息がもれた。
足元のに移動したラオメドンが、アリウスの股を思い切り割ると、それぞれの足首を、これまた革帯できつく縛めた。
アリウスの胸に締め付けられる感覚が走った。苦痛ではなく痺れである。混濁した意識は言い様のない期待に打ち震えているらしい。
燭台の炎が微かにゆれ、ラオメドンの黒い影がアリウスの白い身体を這う。
ドレーパリーは大きく乱れ、アリウスの肢体は大きく引き延ばされた。彼は微動だに出来ない。手首に力を入れても、ビクともしない。頑丈な寝台は軋みの音すらたてない。
身体を拘束されたアリウスの心は逆に解放された。抗うことの出来ない状態は、どのような恥辱に晒され、どのような反応をしようと、自らに言い訳をする必要がないのだ。
身体の中心から淫らな被虐の炎が燃えだし、全身に燃え拡がろうとしている。今こそ、アリウスは心おきなく欲情に身をまかすことが出来る。
ラオメドンの手が、ドレーパリーを払いアリウスの下帯を掴むと、一気に剥ぎ取った。
「あッ!」
陰部が外気に触れ、スーと風が吹いた気がした。アリウスの体毛の無い、白蝋のように滑らかな裸が晒された。肢体は拘束されて微動だに出来ない。ただ、首だけは動き左右に振れる。頭上にばらけたプラチナブロンドの髪は波うち、額と頬にかかる。
ラオメドンが部屋を出ていったのが、かすかに分かった。被虐の官能の渦に巻き込まれた、アリウスのおぼろな意識は、観念の世界を浮遊する。
どのぐらい時間が経過したんのだろう、ラオメドンが動き廻るのが、燭台の炎が揺れるので分かった。
扉が閉められ、鍵を閉める音がかすかに聞こえた。
アリウスは、首を廻しラオメドンを見た。ラオメドンの白く表情の伺えない顔が凍り付いていた。
「アリウス、ともに安らぎの世界へ行こうではないか」
ラオメドンが静かに言った。
「口と、眼を塞いで欲しい」
アリウスの返答は、ラオメドンに対する懇願であった。
ラオメドンが、黒い布を持ってきた。アリウスの朱をおびた唇が、ラオメドンの舌で割られた。かすかに大麻の香りがする。ラオメドンが唇を離した。半開きに濡れた口腔に、布が押し込まれた。頭を持ち上げられ、黒い布で口できつく縛められた。
アリウスから声が奪われてしまった。
同じように、黒い布で目も覆われる。覆われる直前に、アリウスの薄水色の双眸は、ラオメドンの白い能面のような顔を、その網膜に焼き付けた。
引き延ばされ、大の字に拘束された身体に、眼と口を絞める黒い布が、妖しく浮き出ていた。
アリウスは、身動きできず、漆喰の闇の中、声を出すことも出来ない。残された感覚が鋭敏なっていく。
世間の眼差しに恐れおののき、自らの嗜好を隠匿し続けた日々。生きてきた記憶が、社会的現実感覚が、虚ろに遠のいていく。
今こそ、アリウスは自由であった!
ラオメドンの手が、アリウスの硬直した一物を掴んだ。闇の中から突然襲ってきた感覚に、ビクンと腰が反応した。アリウスの心に淫らな妄想が湧いてくる。
「これは、希釈する前の、原液の媚薬だ」
ラオメドンの声がした。
一物に液が塗られた。臀部の穿ちにも執拗に塗り込まれる。その瞬間、電流がアリウスの頭を突き抜け、身体がのけ反る。悲鳴は布に阻まれ出ない。快感が身体中を炎となって駆け回る。
ラオメドンの手が妖しく蠢き、一物を、穿ちをまさぐる。血液が逆流し、痺れが手足の先から伝わってくる。アリウスの下半身が溶けていく。
ラオメドンの指が、臀部の穿ちに侵入してきた。その時、破裂するように、アリウスの肉柱から、熱い白濁した液体が噴き上がった。
アリウスの魂はドロドロに溶けた液体となって、奈落の底に落ちていった。
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