1、行きがかり。
ところで、
このHPは、本来「一貫堂六本木支部」をPRしようという構想だったと思う。
「あんまり人が少ないのは、やっぱり寂しいよね。」
などと、この世に悩みなどありそうもない師匠がポツリと言うのを聞いて、酒のつまみにしている武道論などHPで書いてはいかがと、お慰めしたような気もする。
師匠の空手技術論は、妙に納得且つとっぴな発想があり面白く、私としてもそれら師匠なりの武道考を読んでみたかったのであろう。
HPにかけてはプロ並みのヒロコ様が協力してくれることとなり、話はトントン進みまくった。
ときに、立ち上げるからには、いっぱい人が来てくれるHPにしようということになる。至極当然である。
某有名空手家O先生と、時代考証も怪しい我が師匠のカッコつけ写真だけでは、誰が見に来ることやら、昨今の株価よりも怪しいものだ。
ではどうしようか、という話をしていた時だった。
「なにか書き物など連載なさっては?」
とある夏の一日である。一貫堂事務局を勤めるヒロコ様は、まことに丁寧なお言葉使いで、すずやかに、なお、うやうやしく殿下に奏上するような調子でいったのである。
全てはこれが始まりだったのであろう。
生来、雄犬は頭もなでない師匠である。
むさ苦しい不肖の弟子(雄)と、ガチガチやるのが関の山である六本木道場の行く末など、この一言でふっ飛ばされたことに違いない。
HPはできあがった。
以来、師匠は物書きになられた。
武道関係・エッセイはよしとする。
小説と聞いたとき、不安がよぎった。
「連載」ときいてはなおのことである。
「詩」と聞いたときには、いつまで「師匠」と呼ぶか、頃合いを計ろうと思った。
内容を読むに至り、衝動的に正拳づきの稽古をしようと思った。
このあとは、隣人愛のために祈りだすか、「虹色の幸せをつかむ帯」とか売り始めるか、落ち着く先はそんなところである。
HPが公開されてからはや3ヶ月ほど。
稽古する暇さえ惜しんで、しかし師匠は幸いにして小説を書き続けている。
武道論は書いていない。
「みんな読みたがってますよ。武道のHPですよ。」
いくら、口を酸っぱくしてみても、師匠の目は焦点定かでなく、小説家現在進行形である。
杖の稽古後など、皆様のコメントなど添えて、それでも催促をしていたのだが、
いよいよ2本目の連載小説に取りかかっているという。
紀元前6世紀のイオニア地方で繰り広げられる一大叙事詩だかうんだかなんだからしい。
ここに至って、師匠はお星様になったと認識するより他ない。
しかし、まあ武道のことがなにも更新されないのでは、いくらなんでも問題である。
「それじゃ私がヒトシのページとか作って勝手に書きますか?」
半分冗談でそういったのであるが、師匠、それはいいという。
おまえ書け、である。
今よく考えると、それでもいいじゃないの、書きたければ書けば?そのくらい愛情のこもった気のない返事だったような気もするが、以前某団体の合宿で、師匠がすごいHPをかく、ああすごい、ものすごいとか吹聴した責任も感じ、何かしら書くことにした。
何かしら書くのであって、別にガチンコの武道論を展開するつもりはないし、そもそも不可能である。
ま、カッコつけずに、とにかく書く。
そんなこんなの年の瀬であります。
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