ヒトシの部屋




回し蹴りシンドローム<2>


さて、回し蹴りにこのような利点があるにもかかわらず、
伝統的な空手には回し蹴りがなかった。
いわゆるまっすぐ蹴り上げる前蹴り又は直蹴り(ちょくげり)が存在するのみであった。大胆だがあえてその理由を考察してみよう。

まず、回し蹴りの最大の弱点はなんだろうか。

武道には稽古においてすべからく禁じ手がある。
そうしないと、上手になるより使い物にならなくなるほうが早くなるからね。

いろんな禁じ手や裏技があるけれど、
当然といおうか、もっとも簡単で重大な禁じ手は急所攻撃。
泣く子も黙って泣けない急所攻撃。
特に男性の場合は人間の尊厳よりも大事な部分がある。

私は過去2回ほどこの痛みを経験した。

一度目は拳を当てられた程度であった。
体の芯が顔面神経痛になったような表現できない痛みが走った。
一度目はそれですんだ。

二度目はすごかった。

高校の授業で柔道をやっていて、小内刈り(?)の練習をしていた。
相手は私と同じぐらいの背だが、少し脂がのっていた。
彼は右足で私の左足を内側から引っかけた。
本来は私がバランスを崩して、私が後ろ向きに倒れ込む。
中途半端な刈り方ではあったが、私はお約束どおり後ろへ倒れようとした。

目があった。
相手は、アレ?という顔をした。
私は、まあ倒れてやるかヘッ!と侮蔑の笑みを浮かべていた。
しかし、相手のアレは私が倒れないというアレではなかった。
倒れるの?いうアレであった。
私のヘッ!はエッ?に変わった。

右足が股間に入った状態で、私によって重心を崩した彼はそのまま倒れ込んできた。
半笑いの状態でフリーズした私を下にして。
私に引っ張り込まれたまま、二人は見つめ合いながら、畳の上へ倒れ込んだのである。
当然、野郎の右足膝に全体重がかかった。
身長と足の長さの絶妙なバランスが渾然一体となって、
まさにその場所は、運悪く神様がおわす場所とあいなった。

男に乗られた。

声が出ない
涙が出てこない。
動けない。
子孫繁栄という言葉が、どれだけありがたいものであるか、
苦悶する脳裏にその文字がアリアリと映し出され、
キリストでもお釈迦様でも救って欲しいと切に願った次第である。


さて話を戻すが、一方で殺し合いに禁じ手があろう筈がない。
殺し合いを前提にしているなら真っ先に狙うのは急所である。
一撃必殺。
多少きかなくても、相手の動きが鈍くなることは間違いない。
ということは、伝統的な武道はすべからく急所を攻撃するような技を重視するはずなのだ。

空手の立ち方でも、古流の猫足立ちという構えは半身になった上で、
前に出した足の膝を内側に少しずらして急所を隠すようにする。
そして、蹴りは膝から先をまっすぐに振り上げて、急所を足の甲で蹴り上げるのである。こういう攻撃を前提とした場合、回し蹴りはその欠点を露呈するのだ。
当然、体の側面から大きく足を回そうとすれば、最初の挙動から急所はガラ空きになる。
そして、回し蹴りは蹴り始めてから相手にヒットするまでの時間も、
直蹴りに比べて長くなる。
つまりスキが多くなる。

これは最近の流行であるローキックにしてもいえること。
ローキックは回し蹴りの中でも比較的スキが少ない。
大抵は、後ろ足で相手の前に出ている足の外側側面を撃つのだが、
その時、相手が前足を跳ね上げてご覧なさい。
カウンターで急所に入ってしまうでしょう。
しかも相手は前足で蹴っているから、すぐに前足を戻せば、
次の攻撃を仕掛けることが出来てしまう。


あくまでも空手の蹴りが急所を標的にするのなら、
素早く最短距離で急所に入りやすい直蹴りが合理的なのだ。
逆に回し蹴りはあり得ないのである。

このデメリットは殺し合いにおいてあまりにも大きい。
一つの理由はこんなところだと思う。


さて、では蹴りなどいれていれば殺されるというのはどういうことだろう。

これは自分で試合をしていて感じたことなんだけれど、
突きと蹴り、間合いはどちらが遠いという問題。

普通は当然蹴りのほうが間合いが遠いと考えがち。
立ち止まった状態で考えるならそのとおり。
多少なりとも足のほうが長いだろうから当たり前。
(そうじゃない人はヒトゲノムを恨んでいただきたい。)

ところがです。
踏み込み又は、足を使って近づくという動作を考えた場合、必ずしも蹴りのほうが間合いが遠いとは限らない。
相手の懐に踏み込む場合、蹴りを前提にするとあまり遠くから飛び込めない。
着地と同時にさらに足をあげる動作をしなくてはいけないからだ。
同時に蹴ろうとするなら、せいぜい一歩くらいしか踏み込めまい。
これに対して、突きを前提にするなら足を自由に使える分、遠くから接近できる。
その分間合いを稼げるのである。

さらに、着地と同時に攻撃が出来ることを考えると、スピード・バランスの点でも蹴りよりも早く且つ安定している。
攻撃に体重を乗せるという意味でも、実は突きのほうが優れているのではないかと思われるのである。


この前の首里手の話を思い出してほしい。
相手を刀として、遠距離から一撃必殺で飛び込むことを考えると、
蹴り技は効果的とはいえないのである。
また、そのような突きに対応するにも素早い、体さばきが必要となるから、
やは蹴り技は適さないのかもしれない。
どうしても蹴り技を出すと歩法による身体の移動が難しくなるからだ。

このように考えてみると、蹴り技が禁じられるという言い伝えも一応納得できるのである。


とはいえ、回し蹴りにはメリットもある。
前に書いた、威力、そして攻撃方向の見えにくさ。

足の甲で蹴る蹴り方ではそうならないが、
足先、または上足底(じょうそくてい。足の親指つけ根の裏側)で蹴るように、
足首を鍵のように曲げて蹴ると、鎌のように受けた外から足先が潜り込んでくるのだ。
しかも、突きのように打点が小さいため、当たった場合はかなりの威力である。

また足を体の側面から開くのではなく、
直蹴りと同じようにまっすぐ膝をあげて、
そこからひねり込むように回して蹴られると、
ひねり込みによる威力の増大と、どこから蹴りが飛んでくるか直前まで分からないと言う大変に怖い蹴りになる。

更に、ローキックでも先に膝を先行させて蹴るようにすれば、
急所が無防備になるという難点もカバーできる。
同じことの応用で、タイミングをずらして攻撃することも可能。
やはり技としては優れた一面もあることに間違いはないのだ。


だがしかし、いくら急所を蹴っていいといわれても、
相手がミルコだったりすると回し蹴りと対決する勇気は私にはない。
別に急所蹴られなくても死んじゃうだろうし。
蹴り技云々は、あくまでも名人の域に達した人のお話ではあろう。
まずは自分の蹴り技を磨きましょう。

これは私の一考察に過ぎない。
反論異論オブジェクションお待ちしてます。


ところで急所については、師匠直伝、人生五本の指に入る、ええお話があります。
またそのうち書きましょう。



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