10、居 酒 屋






 「本来なら、マツもここにいて欲しいんだが、多少良くなって来たと言っても、まさか此処に呼び出す訳にはいかなかったよ」
 乾杯が終わると、まず、学者がくちびを切った。今日の進行役は学者のようである。
あまり、客の入りも良くない小さな居酒屋である。
勝さん、ゲンさん、学者、浅見、健の五人が集まった。鳩首会談をしようという訳である。本来なら、角ウチでやるところだが、ハツエが入ると話しがどこへ飛んでいくか解らないので、きゅうきょ居酒屋に集合ということになったのだ。
奥の座敷のテーブルに五人は座っている。テーブルの上には生ビールと突き出し、刺身が二皿、簡素だ。まずは、話しをという態勢である。

 「浅見さん、記録をたのむよ」
 と言って、学者はレポート用紙とボールペンを浅見の前に差し出した。
 「いいよ」
 と受け取ると、浅見は最初のページに『全日本草刈道連盟設立準備委員会、第一回総会』と記入すると、日付を入れた。
 「先日から、思わぬ展開となったが、今さらやめる訳にもいかぬ。もう一度整理しなおして、全草連をなんとか形にしたいと思うのだが、どうだろう?」
 学者の意見に勝さんが答えた。
 「おもしろそうだと、俺も全草連には賛成した。雪路ばあさんと、ハツエが、乗りまくったので、戸惑ったが、家元制度には含むところがある。形にするのは賛成だ。みなも、そのつもりで今日集まったんだろ?」
 「すすめてよ。学者」健も異存はないようだ。
 ゲンさん、浅見もうなずいた。
 学者はファイルから、以前みなに渡した、ワープロ打ちの規約を改めて皆に配った。

 皆は、手もとの規約に眼を通した。
 「決まっていないのは、組織と役職員だ。通常の場合組織には先ず会長がいる。全草連の場合、宮家ということになると、現実になって戴くことは不可能だ。よって議題の第一は会長についてで、どうだろう」
 誰も異存はないようだ。
 「学者、あんたの書いた絵をドンドン話してくれ、意義があったらそのつど言うから。いいだろ、みんな!」
 勝さんの言葉にみな頷いた。浅見はレポート用紙に議題一として、会長の件、と記入した。

 「組織は会長の下に、理事会があり、理事長、常任理事、理事そしてその下に評議員、会員がいるというピラミッド組織が普通だ。スタッフ組織として、事務局を設置する。組織運営部会、段位・称号部会、企画・広報部会などを、必要なつど、理事会決議で作っていく。 一般会員の意志を直接代表し、チェックする機能をはたす制度として、常任監査役、会計監査役も必要だろう」
 「賛成、学者その線であんたが決めてくれ」
 ゲンさんは、なぜか気分が良さそうだ。なんだか権威ある組織になりそうだし、日常生活では縁のない、理事とやらに自分がなれそうだからだろう。
 「段位・称号については、大まかなところは今日決めたい。議題の第二でどうだろう? 異存がないようなら、そうする」 

 生ビールの追加を注文した。焼き鳥とイカの一夜干しも注文した。緊張していた空気がしだいに溶けていく、学者が最初に吉田酒店のカウンターで皆に、全草連の構想を発表した時の雰囲気になりつつあった。
 「まず、会長のことだけど」
 書記が発言すると、筆記のほうがおろそかになることを、十分承知のうえで
浅見が口を切りだした。
 「先ほど学者も言ったが、宮様に会長になって戴く訳にはいかない。社団法人、財団法人、社会福祉法人になり、国内はもとより、国際的にも広く認知されれば別だが、現実はいくら頑張ってもありえない。かといって、現実によくある政治家に頼むのも気が進まない。全草連は現実世界に描こうとしている、ひとつのフィクションであり、パロディーだと思うんだ。だったら、どうだろう、山背大兄王では?」
 そう言うと、浅見は紺のネクタイをゆるめた。今日もいつもと同じ、紺のスーツに白いワイシャツすがたである。
 「ヤマシロノオオエノ・・・・なんだいそれは」
 ゲンさん、首をかしげた。
 「浅見さん、それいいと思うよ。聖徳太子だと多少現実的すぎるし、『山背大兄王』となると、霧が掛かって、おぼろに姿をうかがうことが出来そうで。ゲンさん、斑鳩の宮で自害した、聖徳太子の子だ。悲劇の人だよ」
 「俺も良いと思うよ。開祖が日本武尊、神宝が草薙の剣、会長がヤマシロノオオエノ・・・何とかで。ファンタジーぽくっていいや」
 健ちゃんの瞳が、少女マンガの主人公のように光った。
 「異存が無いようなので決めよう。会長は山背大兄王に決定」
 学者の発言に皆は、拍手でもって答えた。店内の視線が五人に集まったが、五人はいっこう気にせず、乾杯とグラスを掲げた。

 「次、まず段位からいこう。勝さん意見はないかい?」
 進行役の学者が声をかけた。
 「俺も昔は空手をやっていた。難しいことを考えるのは苦手だが、段は技術の問題だと思うんだ。技術、テクニックの上達ていどを計る、物差しだろう?違うかい、浅見さん」
 「勝さん、僕もそう思うよ。ここまで出来たら初段、ここまでだと二段・・・・・と決める必要があると思う。それにより、やってる人の励みにもなるんだ」
 「よし、じゃあ俺が案をだす。まず、初段。カタカケ(肩掛け)が出来たら
と言うことでどうだろう」
 学者が言った『カタカケ』。誰も理解できない。
 皆を代表するように、健が口をいれた。
 「学者。カタカケ、カタカケってなんだい?」
 「2サイクルエンジン式の小型草刈り機だよ。硬質ビニールのヒモを、高速で回転させ雑草を刈る。また、雑草も人の指ほどにもなると、金物の刃に替ええて刈る機械だよ。よく河原、土手などで使っているのを見たことがあるだろう? あれだよ。 効率的で楽に大量に処理できるのでよいのだが、いかんせん趣が無い。よって、初段でどうだ」
 「わかった、わかった、あんたにゃ負けるよ! どんどん続けてくれ」
 浅見、健、ゲンさん、三人の顔を眼でなぞり、同意を求めるように、勝さんは学者にいった。
 「二段からは、いよいよ本命の鎌の出番だ。鎌は日本鎌と洋鎌にわけられるが、全草連の設立の趣旨から、洋鎌は外す。 日本鎌は江戸時代中期には今日見られる種類が確立したらしい。大きく4種類に分けられる。大きさから大鎌、小鎌。刃の形状から刃鎌、鋸鎌である。大鎌は両手を用いて払い刈りをする。非常な体力を要する為、誰にでも使えるものでなく、また、カタカケの方が効率的なので、これも外したい。 どうだろう?」
 「異存なーし!」四人は声を揃えた。  
 学者は生ビールを一口飲んだ。
 「では、続けさせていただきます。二段の資格はもっとも一般的な刃鎌を使えること。この刃鎌は片刃鎌とする。いわゆる播州鎌だ。 三段は同じく刃鎌だが、両刃鎌の土佐鎌でどうだろう?」
 「異存なーし!」
 皆はいささか、呆れてきた。この件については学者に全面的にまかせる雰囲気になってきた。 

「つぎは四段、鋸鎌・・・・・・五段、山鎌・・・・・・六段、マタギ鎌・・・・・・」
 学者の講釈はとどまるところを知らない。書記役の浅見は眼を白黒させ、必死に書き取ろうと奮闘中である。
 ほかの三人は口を開け、うつろな眼で学者の講釈を聞いている。
 「つぎは七段、鎌竿・・・・・・八段、抜刀術の免許をもっていること」
 「なぜ、抜刀術がでてくるんだよ?」
 ゲンさん、久しぶりに音声を発した。
 「開祖が日本武尊だろ、だったら当然、刀法を極めている必要がある。日本刀で草を凪払うんだ。そして、九段、草薙の剣は両刃の剣である。よって、両刃の刀法をあみ出す必要がある。・・・・・・・・」
 学者の講釈はさらに、さらに、続いていった・・・・・・・・・・




次ページへ小説の目次へトップページへ