「オッス!」
「オッス!」
JR室津駅に時ならぬ野蛮なかけ声が響き渡った。たった一人しか居ない駅員は眼を白黒させている。
若者が五人勢揃いしている。全員鉢巻きを締め、髪の毛を逆立てていた。
政夫が大いばりで訓辞を垂れようとしている。
「隊長! 宜しく御願いします」
暴走族「海峡」の特攻隊長に四人が頭を下げた。
「よーしッ、此処が室津駅である」
わざわざ言うこともない。全員よく知っていることだ。
「よーく、駅構内を見ておくこと。そして、浜まで歩く、廻りの景色道路状況を注意してみておくこと。室津の浜まで歩いて三十分だ。俺は車で先に行っておく、集合場所は、漁協詰め所。分かったか」
「えーッ、三十分も歩くんですか?」
日頃、車を使っており、まず歩くことの無い連中だ。
「あたりまえだ! それだけじゃない。後でレポートを提出してもらう」
「な、何だって。レ、レポート!」
四人が騒ぎ出した。
「隊長、いくら何でもそれは、勘弁願えませんか?」
「健さんからの指示だ!」
四人は身の不幸を嘆くしかなかった。
場所は変わって、吉田酒店のカウンターの前である。
昼間から、健とマツがビールを飲んでいた。
「健ちゃん、あんた、政夫たちを使うそうだね」
ハツエは健の企みに薄々感づいているらしい。
「ああ、ちょっと必要になるかも知れないと思って、念のため手配はしたんだ」
「じゃ、必要ないかも知れないんだね?」
「ハツエさん、その可能性は大きいんだよ」
実際、今日の室津駅から歩かせるのだって、まったく意味はない。ましてやレポートなど。単に健がからかっているだけだ。
「おい、健。おまえさん、面白がって遊んでんじゃないよね」
図星であった。健にとって、今回の企みは全てが遊びである。
「まあ、政夫たちどうせ暇なんだから、遊んでやるのもいいけどね」
と言うと、ハツエはニッコリ笑った。結構楽しみにしているに違いない。何れせよ、ハツエの許可は下りたのだ。
「ねえ、健ちゃん、どういう趣向か一寸教えなよ」
「ハツエさん、もう少し待っておくれよ。迄まとまっていないんだ」
健は多少もったいぶいっているようだ。
「どうでも良いけど、シンペイさんにだけは迷惑かけるんじゃないよ」
と、残念そうにハツエは言った。
「ハツエさん、一寸聞くけど、シンペイさんって、どんな人なんだ?」
健は真面目な顔で尋ねた。
「健ちゃん、良く知ってるじゃないかね。真面目な研究員だよ」
「ハツエさん、あんたの従兄弟の悪口を言う訳じゃないけど、俺も健ちゃんと同じだよ。一体どんな人なんだ?」
黙ってビールを飲んでいた、マツが口を挟んできた。何か考えることがあるようだ。
「マツ、何か思い当たることがあるのかい?」
ハツエがまじめな顔で言った。どうやら彼女にも思い当たる節があるらしい。
「うーん、内緒だと言われたんだ」
「マツ、言わないつもりかい? 出入り禁止でいいのかい?」
ハツエは、すぐそれを言う。なあに、マツだって言いたくて仕方がないはずだ。と健は思っていた。
「わ、分かったよ。一年ぐらい前になるかな。魚市場の中でシンペイさんに出会ったんだ。市場までお客さんを、送っていったあと、一寸、場外の魚問屋をのぞいてみた時のことだった」
「おッ、マツさんらしからぬ、物語か」
「健、おちょくるんじゃないよ。マツ、それで?」
ハツエは真剣に聞こうとしている。ハツエも何かを知っているはずだ。
「シンペイさんが、いつものように薄汚れた白衣を着て、フラフラしてるんだ『シンペイさん』と声を掛けたらビックリして振り向いた。おれは、何か感じるものがあって、ニヤリと笑ってカマを掛けた。『シンペイさーん』ときたもんだ。一瞬、顔色がかわったが、すぐいつものシンペイさんにもどって、ハッハハハと大笑い、『マツさん、人には内緒だよ』といったとおもいなせえ」 「おもいなせえ、ときたか、マツさん、ますます乗ってきたな!」
健は、マツをどんどん乗せるつもりらしい。
「マツ、それからどうしたの」
ハツエも興味しんしんらしい。
「どうもしないよ」
と、マツが言った。
「マツッ! 出入り禁止だ」
「ハツエさん、ち、ちょっと待ってくれ! 本当に何もしないんだ。本当だよ!」
健が間に入った。
「マツさん、それじゃ何も解らんよ、落ち着いて話せ。ハツエさん、マツさんは気は良いが、頭が悪い。一所懸命聞いてあげなくちゃ」
間に入った割には、健は、マツをバカにしてないだろうか?
これで、気を取り直すマツも不思議だが、彼は話しを続けた。
「シンペイさん、問屋の店先で真面目な顔をして、黙って突っ立ってる。暫くそうしていたかと思うと、興味深げに魚に触ったりする。貝を摘んで拡大鏡を持ち出してしげしげと見るだけだ、そのうち、立ち止まって、シンペイさんを不思議そうに見る人が出てきた。店の人が、黙ってシンペイさんに、袋に入った魚を手渡した。それだけだ、シンペイさん難しい顔をして、黙っているだけだった。そして、また何軒か先に行って同じ事をした。確か五軒ぐらいいっただろうか、それだけだ」
「なんだいそれは、訳が分からんね」
ハツエは首を捻った。
「ハツエさん、一寸まて。マツさん、それで終わりじゃないはずだ・・・・・」
健の頭に閃いた事があったらしい。
「その後は、寿司屋にいって、魚を渡し、二人で呑んで喰って、それで終わりだ。変だろう?」
健がニタリと笑った。
「マツさん、寿司屋から何か貰わなかったか?」
「いや、別に覚えていないよ」
その時、ハツエが吠えるように健に言った。
「健! それじゃあ、シンペイさんが、たかりとでも言うのかい」
「ハツエさん、そんな生やさしいもんじゃないよ、ヤクザはもったいない、シンペイさん政治家になるべきだ。市会のレベルを越えている、県会議員が相当だろう」
「健ちゃん、いまいち良くわからん。分かるように言ってくれ」
マツは本当に分からないらしい。
健はビールを一口飲んだ。少し生ぬるくなっている。
「ハツエさん、冷たいビールをもう一本」
「健、話が先だよ、何で政治家なんだね」
「長い白衣を着、難しい顔をして、魚を子細に調べて見ろよ。どう考えても保健所だぞ、鮮魚を扱うものにとっては保健所ほど怖いものはない。それが仲卸しの店頭にウロウロしてみろ。これは恐怖だぞ」
「分かった、俺もそれをやろう」
マツは完璧にそのに気になっている。
「マツさん、それは無理だ、タクシードライバーがそんな格好でウロウロしてみろ、警察に通報されるぞ。たかり以外の何者でもないだろう。ところがシンペイさんは、水産試験所の研究員だ、魚貝類を見ることに大義名分がある。
長い白衣は、彼のユニホームだ。何処からも文句の出ようがない」
「なるほどなー、シンペイさん頭が良いや」
マツは感心してしまったようだ。
「まだまだ、シンペイさんの凄いのはこれからだ」
健は、勿体ぶってそう言い、また話を続けた。
「あそこは、県内随一の魚市場だ。仲卸しだけで、五十軒は下らない。シンペイさん、仕事のあいまをみて、室津から月に一度出てくるとする。その時、五軒回ると、ひとわたり回るのに約一年かかる。年に一回なら店も許せるだろう。それに、時には魚のことで教えを請うこともあるはずだ。マツさんが出会った一年前がそうなら、今じゃ店に顔を出しただけで、魚が飛んでくるはずだ。シンペイさんまんまと、仲卸し組合の顧問になりおうせたと言うわけだ」
ハツエは冷たいビールを出してきて、健の前に置いた。健はコップのビールを一気にあけた。
「やっぱりね、シンペイさんらしいよ。あの人、子どもの時からそんなところがあったよ。三つ子の魂百まで、と言うがほんとだね」
ハツエにとって、子どものシンペイと、市場でのシンペイさんのイメージは
一致したらしい。
「ハツエさん、子どもの時のシンペイさんの話をしておくれよ」
健は、かなりシンペイさんに興味をもったようである。
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