「ちゃーす!」
けたたましいバイクの音とともに、四人がノレンを開けて入ってきた。特攻隊長の政夫と、その部下三人であった。しかし、毎度お馴染みの入り方である、もう少し、工夫は無いものか。
「なんだい、遅いじゃないか!」
政夫、とりあえず何をやってもハツエに怒られる。
「結構、仕事も忙しいんだ。ハツエさんの呼び出しだから、急いできたんだよ」
「いっちょまえに、言い訳いうんじゃないよ!」
なにを言っても、ハツエの前ではかたなしである。
「まあいい。まず、一杯やれ」
勝さん、妙にやさしい。最近、ハツエの挙動に多少の不信をいだいていたのだ。
「はい! いただきます」
四人は声を合わせていった。
「あんたら呼び出したのは、ほかでもない。 あんたらのゾクの名前はなんて言うんだい? 構成員は何人だい?」
ハツエの優しい声は恐ろしい。同席している、健、学者、ゲンさん、勝さん、
皆、一様に耳をそばだてた。
「名前は『海峡』て言います。構成員は、はっきりは解りませんが150人位と思います」
「へー、ちゃんと喋れるんだ! ご褒美に全員、『全草連』に入れてやる」
「えー!」健、学者、ゲンさん、勝さん、四人がいっせいに声をあげた。
「ぜぜ・・『ぜんそうれん』てなんです? ハツエさんがカシラの新しいゾクですか?」
「ばか言うんじゃないよ。全日本草刈道連盟、雑草を刈ることによって、社会のお役に立とうという、立派なボランティア団体だ。あんたらも、そろそろ、そういうことをする年頃だ」
どういう年頃なんだろう。さっぱり解らない。論理にも何もなっていないが、ハツエが言うことに間違いが有るはずがない。いや、怖くてあり得ないのだ。
「ぼ・・ぼくの一存では、返事出来かねます」
政夫は震えながら言った。無駄な抵抗だと知りつつ。
「ああそうか。おまえの上にカシラがいるんだね。つれてこい!」
見かねた、政夫の部下が口をはさんだ。
「おば・・・・」
口を押さえた、危うく死ぬところであった。
「ハ・・ハツエさん、政夫さんは本当は『海峡』のボスなんです。名前がカッコイイから、特攻隊長と名乗っているだけなんです。政夫さん、いいから入ろうよ! まま・・間違い! 入らせて戴こうよ」
「う・・うん」
政夫はかんねんした。まさにヘビに睨まれたカエルである。
政夫の脳裏に楽しかった日々が極彩色に蘇った。その鮮やかな色を、なんとも言えない不安の暗い影がしだいに犯し始めた。
「よし気持ちは分かったよ。この街に住むことを許す、細かい打ち合わせがあるから、こっちへおいで」
ハツエは若者四人を引き連れて、店の奥の方へ入っていった。
「学者、おまえのせいだぞ、どうするんだ!」
さすがの勝さんも困惑の色を隠せない。
「まいったなあー、キングコング対ゴジラだ! どうにもできないよ」
学者は音をあげた。震えが収まらない手で、ビールをグイと、あをると、つづけた。
「確かに、俺の責任が一番大きい。しかし、いまになって何だよ。勝さん、ゲンさん、健ちゃん、みんな賛成したじゃないか」
「今でも賛成だよ。だけど、雪路ばあさんを引っぱり出し、ハツエさんに火を着けたのは、学者だぞ」
健もかなり心配になってきたようだ。
「どっちが、キングコングでどっちがゴジラなんだ?」
突然、すこしピントの外れた質問をゲンさんはした。
「例えだよ。とても、人間どうしの戦いじゃあ無いという。人間どうしなら勝さんが、出ていけばたいがい収まるが、超人どうしの戦いじゃあ、打つ手がないよ!」
重苦しい時間が流れていく、ビールもあまり旨くないようだ。だれも発言しなくなった。どうすれば、まるく収まるかそれぞれ考えているようである。
奥から、ハツエが四人の子分を引き連れて出てきた。
「じゃ、あんた達、その時になったら頼むよ」
「ハイ! わかりました」
四人は塩をかけられた、菜っぱのように、うなだれて出ていった。
「おい、奴らに何を頼んだんだ!」
不安げに、勝さんはハツエに問いかけた。
「別に、たいしたことじゃないよ。一ヶ月以内に、会員名簿を出すように言いつけたことと、今度、四色刷りの会員募集のビラを取りあえず、三万枚作るから、『海峡』のメンバーで責任をもって配ることを申し渡したのさ。あ! そうそう、ビラの制作費、ウチの経費にしようね!」
勝さん口を開けたまま暫く発言をしなかった。
「なんだか、みんな元気がないね。いつものように楽しくやろうよ。ハイ、ゲンさんも、健ちゃんも飲んで、飲んで」
楽しそうに、ハツエは皆にビールを注いでまわった。
学者はおそるおそるハツエに話しかけた。
「ハツエさん、全草連はそもそも、浅見さんのストレス解消の為に企画したんであって、そんなに大げさに会員募集をすることは無いと思うんだが・・・」 「学者、あんた私になんて言った。覚えているかい? 『ハツエさんもたいしたもんだが、雪路ばあさんの域にはまだまだだ・・・』そう言われて、ハイそうですか、と言えると思う? あたしゃ、やるよ。徹底的に。このまま引っ込んだんじゃ、女のこけんにかかわる」
学者は己の軽率さを悔やんだが今更どうすることも出来ない。勝さんの方にすがる目線を送ったが、勝さん黙って首を横に振った。
「あんた! わたし、こんど、山口の陸上自衛隊に行ってくるから。それから、ちょっと実家によって、漁協の組合長にも会ってくるから。たしか甥の敬、陸上自衛隊の一尉で山口にいたよね? あ! それから、ビラ貼りの件だけど、政夫たち、へまなところにビラを貼って、警察にあげられたら可哀想だから(ビラ貼りを命じられるほうが、よほど可哀想と思うが?)県警の本部長の土田さんに話しを通しておいてね。ああ、忙しい、連絡しなくっちゃ!」
言いたいだけいうと、ハツエは奥に引っ込んでいった。
男ども、四人、暫く声も出ない。間をおいて一斉に悲鳴をあげた。
「り、り・・・陸上自衛隊! ぎ、・・漁協!」
皆は一斉に学者のほうをむいた。
健は声を震わせながら、皆の気持ちを代弁するように、学者にねんを押すように話し出した。
「雪路ばあさん、海上自衛隊と農協だったよね! ハツエさんが陸上自衛隊と漁協! 一体全体どうなるんだ。たいへんな事になったんじゃないか?」
暫く、沈黙の時間が流れた。
「航空自衛隊はどちらにつくんだろう? それで、勝負がつくんじゃないか?」
またまた、すこしピントの外れた発言とも、ジョークともとかない事をゲンさんが言ったが、返事を返すものは誰もいなかった。
勝さんがポツリと言った。
「いずれにしよ、男達だけでうち合わせしようぜ。このままでは、何処にいってしまうかわかったもんじゃない」
「なんとかしなくっちゃ! なんとかしなくっちゃ!・・・・・・・・」
学者のうつろな声はいつまでも続いた。
欅のテーブルにおかれた、ビールに手をつけるものは誰もいない。
|